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佐賀地方裁判所 昭和55年(ワ)221号 判決 1986年7月18日

第一事件原告 甲野太郎

<ほか一三名>

第二事件原告 乙川八郎

<ほか三名>

第三事件被告 丙田菊夫

右第一、第二事件原告ら一八名及び第三事件被告訴訟代理人弁護士 河西龍太郎

同 本多俊之

第一、第二事件被告、第三事件原告 日航観光株式会社

右代表者代表取締役 松尾憲一

同 西川敏雄

第一・第二事件被告 松尾憲一

第一・第二事件被告 西川敏雄

第一・第二事件被告 杉浦一

被告杉浦訴訟代理人弁護士 耕修二

第一・第二事件被告 松尾まさゑ

第一・第二事件被告 横田五栄

主文

第一事件について

一  被告杉浦一を除く被告らは連帯して各原告に対し、別紙損害一覧表(一)中各原告の損害合計欄記載の金員及び右金員に対する被告会社、同松尾まさゑについては昭和五五年四月一日から、被告松尾憲一、同西川敏雄については同月二九日から、被告横田五栄については同年三月三〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告杉浦一に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中原告らと被告杉浦一との間に生じた分は原告らの負担とし、原告らとその余の被告らに生じた分は同被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

第二事件について

一  被告杉浦一を除く被告らは連帯して各原告に対し、別紙損害一覧表(二)中各原告の損害合計欄記載の金員及び右金員に対する被告会社、同松尾まさゑについては昭和五五年九月二八日から、被告松尾憲一、同西川敏雄については同年一〇月一二日から、被告横田五栄については同年一一月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告杉浦一に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中原告らと被告杉浦一との間に生じた分は原告らの負担とし、原告らとその余の被告らに生じた分は同被告らの負担とする。

第三事件について

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(呼称の整理)

以下、理由の部とも、第一事件原告及び第二事件原告については単に原告と、第一、第二事件被告兼第三事件原告日航観光株式会社は単に被告会社と、第一、第二事件被告については単に被告と、第三事件被告丙田菊夫は単に被告丙田と略記する。

第一当事者の求めた裁判

一  第一事件請求の趣旨

1 被告らは各原告に対し連帯して、別紙損害一覧表(一)中損害合計額欄記載の金員及び右金員に対する被告会社、同杉浦、同松尾まさゑについては昭和五五年四月一日から、被告松尾憲一、同西川については同月二九日から、被告横田については同年三月三〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

3 仮執行の宣言

二  第一事件請求の趣旨に対する答弁(全被告共通)

1 原告らの請求はいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

三  第二事件請求の趣旨

1 被告らは各原告に対し連帯して、別紙損害一覧表(二)中損害合計額欄記載の金員及び右金員に対する被告会社、同杉浦、同松尾まさゑについては昭和五五年九月二八日から、被告松尾憲一、同西川については同年一〇月一二日から、被告横田については同年一一月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

3 仮執行の宣言

四  第二事件請求の趣旨に対する答弁(全被告共通)

1 原告らの請求はいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

五  第三事件請求の趣旨

1 被告丙田は被告会社に対し五三三万円及びこれに対する昭和五五年六月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告丙田の負担とする。

3 仮執行の宣言

六  第三事件請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

(第一、第二事件について)

一  請求の原因

1 当事者

(一) 被告会社は金地金売買取引等を業とする会社、被告松尾憲一、同西川敏雄は被告会社の代表取締役、被告杉浦一は被告会社の取締役、被告松尾まさゑは被告会社の監査役、被告横田五栄は被告会社佐賀支店の支店長である。

(二) 原告乙野一夫を除く原告らはいずれも後述の被告らの不法な「金地金取引」により損害を蒙った被害者であり、原告乙野一夫は被害者亡乙野十郎の相続人で、同人の権利義務一切を承継した者である。

2 被告らの行なった金地金取引の概要

(一) 被告会社は貴金属の私設商品市場である日本商工(貴金属)取引センターに加入し、右市場の相場により金などの予約取引を行なっている。被告会社は家庭や会社等を訪問し、一般市民より予約者を募集し被告会社との間に予約契約を締結し予約金を受領したうえで予約者の依頼に基づき日本商工(貴金属)取引センターを通じ金地金取引をする。被告会社は予約金を保証金として予約金の約一〇倍相当額の金地金を購入し、金価格が変動して予約者の損金が保証金額を越える場合には予約者に追予約金を求め、追予約金の支払いのない場合には被告会社が予約者の意思に基づかず金地金を処分する。

なお右取引には「買建」と「売建」の二種類があり、「買建」の場合には購入時の金のグラム単価が、値上がりをした場合に予約者の利益となり、値下がりした時に予約者の損となる。「売建」の場合には反対に、値上がりした時は予約者の損となり、値下がりした時は予約者の利益となる。

(二) 原告らは(但し原告乙野一夫関係では亡乙野十郎。以下、理由の部とも、特に断わらない限り同趣旨である。)すべて右「金地金取引」に基づき被告会社に予約金または追予約金を支払ったものであるが、被告会社は右「金地金取引」で欠損が生じたと称し、予約金または追予約金の返還をしていない。

3 被告らの不法行為

(一) 詐欺による不法行為

(1) 本件金地金取引の目的は金地金の現物を取得することではなく、転売して転売差益を得ることにある。しかも予約金の約一〇倍の価格の金地金を購入するのであるから現物取引に比し価格の変動が一〇倍に拡大され、価格が予約者に不利に変動した場合には必然的に追予約金を必要とする高度な危険性を有する相場取引である。

(2) このような金地金取引の契約を一般市民と締結する場合には金地金取引の仕組みの詳細を顧客の理解力にあわせ説明し、右取引の危険性をも十分理解させたうえで契約を締結しなければならない。

(3) しかるに被告らは共謀のうえ、本件金地金取引の詳細を説明せず、本件金地金取引の危険性を隠蔽し、かえって「金は今値上がりしているので絶対に損をすることはない」「値の下がった時に買い、値の上がった時に売るからまかせておけば絶対損はしない」等と本件金地金取引契約を締結すれば確実に利益が生じるかのごとき虚言を弄し、もって原告らをその旨誤信させ、原告らよりこもごも予約金または追予約金名下に金員を詐取した。

(二) 公序良俗違反

(1) 本件金地金取引は日本商工(貴金属)取引センターと称する私設の金地金市場を通じてなされるものであるが、その市場がどこに存在するのか、構成員が誰であるのかは原告らに何らの説明がなされていない。右市場は全く私設のものであり、公的な監督監査を一切受けていない。すなわち右市場において金地金の相場が公正に決定されているか否かは原告らにとって全く不明であるばかりか、公正に決定されているか否か監査する手段さえない。このようないわばブラックマーケットで一回数百万円から数千万円に及ぶ金地金取引が行なわれ、その都度被告会社らは数拾万円から数百万円に及ぶ手数料を取得している。

(2) また原告らは被告会社との間の個々の金地金取引を電話で口頭予約することを原則としている。電話のみの予約は必然的に予約をしたかしないかという水かけ論的なトラブルが発生する。原告らと被告会社間においてはこの種のトラブルが何回となく発生し、原告らは結果的には自らの意思に基づかぬ予約取引により、被告会社から膨大な損金が発生したと通告され、予約金・追予約金の返還を拒否されているのである。金地金取引は一日の取引額が数百万円から数千万円に及ぶものでありながら、紛争が発生した場合の解決の手段も何ら定められていない。

以上のとおり本件金地金取引は予約者と被告会社との間で予約者の意思に基づき被告会社が金取引をしているか否かを確認する手段が全くないばかりか、被告会社が加入している日本商工(貴金属)取引センター内で公正な相場が成立しているか全く保障されていない取引である。このような仕組の中で広く一般市民より巨額な金員を預かり前述の相場的取引を行なうことは明らかに公序良俗に違反する行為である。したがってかかる仕組の下で本件金地金取引をする行為自体当然に不法行為として違法性を有するものである。

(三) 商品取引所法八条違反

商品取引所法八条は、「何人も先物取引をする商品市場に類似する施設を開設してはならない」と定めている。そして先物取引とは同法二条四項によると、「売買の当事者が、商品取引所が定める基準及び方法に従い、将来の一定時期において当該売買の目的物となっている商品及びその対価を現に授受するように制約される取引であって、現に当該商品の転売、又は買戻をしたときは差金の授受によって決済することができるものをいう」と定義している。被告会社の取引の実体は先物取引であり、前記条項に違反する違法なものである。

4 責任

被告らはいずれも違法な本件金地金相場取引を行なえば、原告らに対し後記のとおりの被害を発生させることを承知しながら、被告松尾憲一、同西川敏雄、同杉浦一、同松尾まさゑは被告会社の代表取締役、取締役ないし監査役として違法な本件金地金相場取引を企画し、東京に本店、福岡、宮崎、山形、新潟、静岡、札幌、佐賀の各市に支店を設置してかかる取引を実施推進せしめ、被告横田五栄は佐賀支店長として右取引を推進せしめ原告らに損害を与えたものであるから、いずれも故意による不法行為をなしたものとして民法七〇九条に基づき損害賠償の責任を負うべきである(なお被告松尾憲一、同西川、同杉浦については商法二六六条の三によっても、被告松尾まさゑについては同法二八〇条、二六六条の三によっても原告らに対し損害賠償責任を負うべきものである)。

5 原告らの損害

原告らは被告らの前記違法行為により、予約金または追予約金名下に別紙予約金・追予約金支払一覧表(一)(二)記載の交付日の期日に同表記載の金額を不法に取り上げられ、同額の損害を蒙ったものである。

また原告らは被告らの前記違法行為により永年の労苦により営々と蓄積した資産を一瞬にして喪失したものであり、その精神的苦痛ははかり知れない。原告らの右苦痛を慰謝するには別紙損害一覧表(一)(二)記載の慰謝料金額をもってするのが相当である。また原告らは同表記載の弁護士費用の支払いを約定している。

6 よって原告らは被告らに対し、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告杉浦を除く被告ら)

1  請求原因1のうち(一)の事実は認めるが、(二)の事実は不知。

2  同2のうち(一)の事実は認める。(二)の事実は、被告会社は右金地金取引で欠損が生じたと称したとの部分を否認し、その余は認める。現実に欠損が生じたので予約金または追予約金の返還ができないのである。

3  同3について

(一)  請求原因3の(一)の(1)の事実中、本件金地金取引の目的は金地金の現物を取得することではなく、転売して転売差益を得ることにあるとの部分は否認する。本件取引においては原則として差金決済は行なわず、決済時期が到来した際現物の授受を欲しない顧客に対してのみ差金を支払う定めである。その余は認める。

請求原因3の(一)の(2)の事実は認める。実際、その旨説明し理解させたうえで契約を締結している。

請求原因3の(一)の(3)はすべて争う。すなわち取引に際し金地金取引の詳細を説明しており、「儲かる可能性はある」旨表示しているが、「絶対損はしない」旨表示していない。

(二)  請求原因3の(二)の(1)の事実中、本件金地金取引が日本商工(貴金属)取引センターと称する私設の金地金市場を通じてなされるものであること、右市場が全く私設のものであり、公的な監督監査を一切受けておらず、金地金の相場が公正に決定されているか否か監査する手段がないこと、右市場において一回数百万円から数千万円に及ぶ金地金取引が行なわれ、その都度被告会社らが数拾万円から数百万円に及ぶ手数料を取得していることは認めるが、その余の事実は否認する。被告らは原告らに対し取引に際し日本商工センターの所在地、電話番号を了知せしめているし、各日の相場も日本商工センターから被告会社本店・各支店を経て各顧客に通知している。また金市場については政府公認の市場は存在しないのであるから、「私的市場」ではあるにせよ、ブラックマーケットと称されるいわれはない。

請求原因3の(二)の(2)の事実中、電話のみの予約の場合予約をしたかしないかという水かけ論的なトラブルが発生すること(但しごく少数のケースに止まるものである)、原告らと被告会社間で右トラブルが発生し、原告らが被告会社から膨大な損金が発生したと通告され、予約金、追予約金の返還を拒否されていること、金地金取引の一日の取引額が数百万円から数千万円に及ぶことは認めるが、その余の事実は否認する。被告らは顧客から事前に注文依頼書をもらうのを原則としている。但し万止むを得ざる場合にのみ通常の商取引慣習に従い電話で受注することもあり得る。また金地金取引に関し公的苦情処理機関はないけれども日本商工センターもしくは被告会社本店管理部に異議申立をなすことができることになっている。

請求原因3の(二)のまとめ部分は争う。被告会社が金取引をなしたか否かは日本商工取引センターもしくは被告会社の本店または支店に照会すればただちに判明する。また日本商工取引センター内においてはその会員が公正な値段を建てているから、公正な相場が成立しているというべきである。

(三)  請求原因3の(三)は争う。

すなわち、昭和五四年四月二七日付日本経済新聞・同日付朝日新聞報道記事記載のとおり政府見解は「商取法の適用範囲は政令で定められている農産物など七品目だけに限られ、金はそのワク外。金私設市場を同法では規制できない。」となっている。

4  請求原因4及び5は争う。

(被告杉浦)

1  請求原因1の(一)のうち、被告杉浦の名前が被告会社の登記簿に取締役として登記されていた事実のみ認め、その余は不知、同(二)の事実は不知。

2  請求原因2の事実はすべて不知。

3  請求原因3ないし5はすべて争う。特に被告杉浦に民法七〇九条、商法二六六条ノ三に基づく責任があるとの主張は全面的に争う。

三 被告杉浦の主張

被告杉浦は、被告会社の取締役として名を連ねているものの、全くの名目にすぎず、被告会社の業務には直接的にも間接的にも一切関与しておらず、まして本件で問題とされている取引についてはいかなる意味においても関係したことがなく、知らされてもいないのであるから、被告杉浦が商法二六六条の三の責任を問われるいわれはない。

(第三事件について)

一  請求の原因

1  被告会社は純金地金等の売買取引業を業とする会社であって「日本商工(貴金属)取引センター」の会員であり、被告丙田は右取引センターにおける金地金の「予約取引」を被告会社に委託し、被告会社はこれを受諾した。

2  被告会社は法的には右取引センターにおける取引の当事者として権利義務の主体となるが、経済的にはこれを委託者たる被告丙田の負担に帰せしめ、被告丙田から手数料を受けるものである。被告丙田と取引センターにおける第三者との間には何ら直接の法律関係を生ぜず、被告丙田は得失を被告会社との間で清算するものであって、被告会社は商法に謂う問屋に該当する。

3  被告会社は別紙計算書(一)の①欄記載のとおり、昭和五四年八月二〇日被告丙田から翌年七月もの一〇キログラムをグラム単価二二六七円で買の予約注文を受けたが、その手数料は二五万円であった。また被告丙田は昭和五四年九月二〇日被告会社に対し翌年七月もの同数量をグラム単価二七九五円で売の予約注文をしたが、その手数料は三〇万円であった。

その結果、被告丙田は被告会社に対し右売買差益五二八万円から買・売の手数料を差引き四七三万円の請求権を取得した。

4  更に被告会社と被告丙田間では前項記載の買・売の予約取引に引続き、別紙計算書(一)の②ないし⑥欄記載どおり五回の買・売の予約取引をなし、その結果昭和五五年六月二〇日の時点で被告会社は被告丙田に対し五三三万円の請求権を取得した(別紙計算書(二))。

5  被告会社は被告丙田に対し前項記載の金員の支払請求を再三なすけれども被告丙田はこれに応じない。

よって被告会社は被告丙田に対し右五三三万円及び被告会社・被告丙田間の取引終了の翌日である昭和五五年六月二一日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

全部認める。

三  抗弁

本件金取引は、第一、第二事件の請求原因で述べたとおり詐欺による不法行為ないしは公序良俗違反行為として無効であるから、被告丙田に取引差金を支払う義務はない。

第三証拠《省略》

理由

第一及び第二事件について

(被告杉浦を除くその余の被告ら関係)

一  次の事実は当事者間に争いがない。

1  請求原因1(一)の事実。

2  同2(一)の事実ならびに原告らはすべて金地金取引に基づき被告会社に予約金または追予約金を支払ったものであるが、被告会社から未だ予約金または追予約金の返還を受けていないこと。

3  本件取引が予約金の約一〇倍の価格の金地金を購入するものであり、そのため現物取引に比し価格の変動が一〇倍に拡大され、価格が予約者に不利に変動した場合には必然的に追予約金を必要とする高度な危険性を有する相場取引であること。

4  金地金取引業者が本件のような契約を一般市民と締結する場合には金地金取引の仕組みの詳細を顧客の理解力にあわせて説明し、右取引の危険性をも十分理解させたうえで契約を締結すべき義務があること。

5  本件金地金取引が日本商工(貴金属)取引センターと称する私設の金地金市場を通じてなされるものであるが、右市場は全く私設のものであって、公的な監督監査を一切受けておらず金地金の相場が公正に決定されているか否か監査する手段がないこと、ならびに右市場において一回数百万円から数千万円に及ぶ金地金取引が行なわれ、その都度被告会社らが数拾万円から数百万円に及ぶ手数料を取得していること。

6  原告らが被告会社に金取引を注文する場合に電話による予約が行なわれることがあり、この場合に予約をしたかしないかという水かけ論的なトラブルが発生すること、現に原告らと被告会社間で右トラブルが発生し、原告らが被告会社から膨大な損金が発生したと通告され、予約金・追予約金の返還を拒否されていること、金地金取引の一日の取引額が数百万円から数千万円に及ぶこと、ならびに金地金取引に関し公的苦情処理機関のないこと。

二  まず、金地金予約取引契約の内容について検討するに、これが原告ら主張の問題点を有するものかどうかはさておき、前記当事者間に争いのない事実に、《証拠省略》によれば、概要次のとおりのものであることが認められる。

1  本件金地金取引は、被告会社佐賀支店の社員が主として電話で顧客にその取引を勧め、面談に応じた顧客に対し本件パンフレットを示すなどしてさらに取引を勧誘し、これを顧客が了解して成立するものであり、被告会社はその際顧客たる原告らから「日本商工(貴金属)取引センターの予約取引をするには被告会社から交付された本市場(センター)の定める予約取引契約規則の規定を遵守して予約を行なうことを承諾する」旨の承諾書を徴する。またその承諾書にはなお書きで「予約取引契約規則は受領しました」旨の記載が存在する。

2  金地金の予約取引にあたって、被告会社は予約者から一キログラム(一パースともいう。)当たり二〇万円の予約金を受領し、予約者の予約注文依頼に基づき、取引センターを通じて予約金の約一〇倍程度の枠内で予約取引を行なうことになっており、原告らも最終的には別紙予約金・追予約金支払一覧表(一)(二)記載のとおりの予約金・追予約金を被告会社に対し預託した。

3  予約者の損益は取引センターにおける金地金相場の変動にともなって生ずることになるのであるが、その損益発生状況の仕組をみると、予約注文依頼により買った時の金地金のグラム単価よりそれを売った時のグラム単価が高騰していた場合は原則として予約者の利益となり(但し別途定めている予約手数料合計がその利益額を上回っている場合には差引き損となる)、逆の場合は予約者の損となる。

4  予約者の予約注文依頼については被告会社の担当社員が相場の変動を予想して電話等で助言、指導を与えるのが普通で、また予約取引の内容を記載した予約注文依頼書を作成することもあったが、単に電話で予約者の承諾を得て、担当社員が被告会社本社を通じて取引センターに予約取引を申し込むにすぎない場合が多かった。

5  被告会社の利益は金の相場の上下とは直接のかかわりがなく、専ら予約者との予約取引の成立により徴する予約手数料にのみ依存しており、予約取引の回数が多ければ多い程、かつ、数量が多ければ多い程、予約取引による被告会社の利益は上昇する仕組であり、金の値下りによる被告会社の間接的損害を避けるために、追加予約金を徴することができ、その値下げ幅は一パーセントであり、追加予約金を払わない場合は被告会社は勝手に翌々営業日にヘッジ(売りつなぎ)をすることができる仕組であった。

6  予約取引が成立した場合、被告会社は予約者の注文どおり予約取引が成立したことを記載した「予約取引報告書」と題する書面を手交ないし送付し、顧客において不審な点があったときは至急被告会社の本社宛申出るよう右書面に付記して予約者の確認をとる仕組にしていた。

三  そこで以下、原告らと被告会社間でなされた各予約取引の実際について検討する。

1  原告甲野一郎について

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告甲野一郎は、昭和三七年四月からA郵便局に、昭和四六年一月からB郵便局に勤務していた者であるが、昭和五四年八月六日被告会社佐賀支店の社員(以下、特に断わらないかぎり、すべて佐賀支店の社員である)橋間則安の訪問(あらかじめ電話連絡があった)を受け、金の購入を勧められた。橋間は同原告に対し「金を今買っておけば絶対儲かる」「定期預金よりずっと有利で一〇〇万円につき二割ないし三割の利がついてくる」と説いたので、同原告はそれを信用し、翌七日受渡月(代金支払及び金の受領)を昭和五五年五月の条件で金五パースの買付を被告会社に委託し、その買付の予約金としてわざわざ定期預金を解約して作った一〇〇万円を被告会社に預けた。

ついで昭和五四年八月一五日、同原告は被告会社の社員高﨑信一の来訪を受け、前記橋間と同様な説明をきかされて(高﨑は、さらに「被告会社は日本航空株式会社社長と親類関係にあり佐賀に支店を設けたのも社長の故郷であるからで、被告会社としてはあまり儲けなくてもよい」などと述べて、同原告を安心させた。)信用し、そのいうまま受渡月昭和五五年五月の条件で金五パースの買付を被告会社に委託し、予約金一〇〇万円を交付した。

(二) ところで、同原告は右予約取引を了承した際に橋間から「予約取引契約規則」を受取ったが、これについて同人から何の説明もなかったのでよく理解できず、また予約注文依頼書にせよ、承諾書にせよそのいうまま署名押印したものの、これが預託した予約金の約一〇倍にあたる価格の金地金の先物取引に係わるものであろうとは考えもしなかった。すなわち、被告会社が原告一郎宛に送付してきた昭和五四年九月七日付予約取引報告書によれば、同原告が金の取引を予約した昭和五四年八月七日当時金の価格は一グラム当たり二〇七四円であり、したがって五パースでは一〇三七万円にのぼるものであるところ、同原告の方ではかかる巨額の取引をしたとは思っておらず、受渡月とされた昭和五五年五月になれば被告会社社員のいう二割ないし三割の益金が生じ、元金を含めて一二〇万ないし一三〇万円の払戻しを受けえるものと認識していた。そしてその後被告会社から同原告に対して一一通の予約取引報告書が送付されてきたけれども、相場取引などを一度もしたことがない同原告はその趣旨を全く理解できず(昭和五四年九月中旬頃同原告の要求で被告会社の担当者から事情説明がなされてはじめてそれなりに理解ができた。)、もとより各取引について事前にも事後にも承諾したわけではなかった。

(三) また昭和五四年一〇月初め頃、同原告は自宅にやってきた被告会社の社員池田尚弘から、現在、元金二〇〇万円、益金三〇万円になっているけれども、同原告の父である原告甲野太郎関係でその元金五〇〇万円が一六〇万円位になっていてこのままでは損金になるので売と買の両建てをする必要があるから原告一郎の元金を原告太郎の分にまわしてほしいといわれ、そのいうままに承諾した。

(四) 原告一郎は、右のとおり被告会社の社員の甘言に乗って金地金取引に引きこまれたが、仮りにも巨額の損失を蒙る可能性のある取引であることを事前に説明されていれば、そのような取引を行なう気持はなかった。

なお同原告は、昭和五四年一〇月八日被告会社に対し昭和五五年一月実弟が結婚するので一〇〇万円が必要であるから返してほしいと再三要求した結果一〇〇万円の返還を受けた。

2  原告甲野太郎について

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告甲野太郎は、原告甲野一郎の父で、永年墓石業に従事していたものであるが、昭和五四年九月二三日被告会社の社員高﨑の訪問を受け、金の購入を勧められた。高﨑は、同原告に対し「いま金の先物取引に投資しておけば銀行や郵便局、農協に預けるより得で、三割ぐらいは確実に利子がつく」と説明した。同原告は右説明をきき、またすでに長男の原告一郎が同様取引をしていたので金を購入する気になった。そこで同原告は墓石業をしながらこつこつためた銀行預金や郵便貯金を解約して五〇〇万円の資金をつくり、同月二六日受渡月を昭和五五年四月の条件で金二五パースの買付を被告会社に委託し、その予約金として五〇〇万円を被告会社に預けた。

(二) ところで、同原告は五〇〇万円を右高﨑に預けた際、同人のいうまま予約注文依頼書や承諾書に署名押印したものであるが、これがその一〇倍にあたる取引に係わるものであるとは全く気付かず、高﨑が力説した昭和五五年四月になれば三割の利益がもらえることばかりにとらわれていた。そしてその後三度にわたり送られてきた予約取引報告書についても記載内容を理解できず、もとよりその記載にかかる売買を指示したことはなかった。

3  原告乙山春夫について

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告乙山は、高等小学校卒業後第二八海軍公給所の造兵廠に入り、終戦後炭鉱で働いたのち昭和四八年一月からC建設住宅局に勤務し、もっぱら現場作業に従事していたものであるが、昭和五四年四月一六日頃被告会社の社員石川裕から電話があり、金の購入を勧められた。石川は同原告に対し「いま現金を持ってこれを預金していてもインフレのため目減りする」「金を買っていれば安心である」といったので、同原告は話だけでもきいてみる気になり自宅に来てもいい返事をした。石川はまもなく同原告宅に来て「金は世界的にも少ないので下がることは絶対にない」「安いうちに買っておけば絶対に得をする」「一時的に下がることはあっても上がるのを待っておればいい」「被告会社は日本航空の子会社であるから絶対安心である」と述べたので、同原告はその話を信用して金を買う気になり、同月一九日受渡月が昭和五五年一月の条件で金五パースの買付を被告会社に委託し、その予約金として一〇〇万円を被告会社に預けた。

(二) 同原告は、この間石川に金取引についての説明書類をみせてほしいと要求していたが、同人は「今日は忘れた、会社にはある」などといってなかなか応じなかったので、同月二四日予約金を被告会社佐賀支店に持参した際に被告横田に要求したところ、同被告は予約取引規則を同原告に示した。同原告はこれを一覧して被告会社に都合がよく予約金を出した方には不利な点が多いのを感じ、その段階ですでに早晩取引を決済しようと思っていた。そしていちおう金の予約取引には応じたものの、本件が預託した予約金の約一〇倍にあたる価格の金地金先物取引であるとは考えておらず(実際に金を購入するつもりもなかった)、ただ被告会社に連絡した時点で利益が出ていれば売却してその利得を回収すればよいとの認識を有したにすぎなかった。しかして昭和五四年五月七日石川から同原告宅に電話があり「今、高値だから売って利をとられたら」といってきたので、同原告は「損をしないように売ってくれ」と売却を依頼したところ、まもなく被告会社から昭和五四年五月七日付予約取引報告書が送られてきた。そして同原告は右売却による利益金二九万五〇〇〇円がはいるのを心待ちにしていたが、被告会社から何の連絡もないので同月一四日佐賀支店に赴き利益金の支払を求めたところ、被告横田(同人の説明では前記石川は解雇したという)は同日六パースを購入したから利益金は払えないと返答した。同原告は、被告会社が勝手に金取引を行なったことに憤慨し右六パースの金をすぐ処分したうえその利益金及び元金を確保してほしいと要求すると、被告横田は今は支払えないが、同年九月末日には支払う旨約束したのでその場はひとまず引下がった。しかし、被告会社の対応に不安を覚えた同原告は二、三日後、再び佐賀支店に出かけて被告横田に対し、取引を解除する、先日の約束は必ず履行してほしい旨念を押すとともに、同月二四日その旨を内容証明郵便でも通告した。

(三) しかるに同年九月二四日、被告会社から同原告宛に同月一八、一九日に買あるいは売取引をなした旨の報告書が送られてきた。驚いた同原告はすぐ佐賀支店に馳けつけ被告会社の処置に抗議したところ、被告横田は、電話で了解をとったはずだがおかしいですねととぼけたうえ、間違いであれば翌昭和五五年一月三一日には清算して予約金を返還すると誓約したので、同原告はやむなく被告会社を辞去した。

(四) 同原告はその後も再三にわたり被告会社との間で右返還要求をしたが、らちがあかず、結局利益金はもとより予約金元本も返還を受けることはなかった。《証拠省略》によれば、当初預託した一〇〇万円が結果的に四三万二〇〇〇円に減少したことになっているけれども、このような経過も訴訟を提起したのちはじめて知らされた。

4  原告丙川夏夫について

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告丙川は、高等小学校を卒業して鉄工所の見習工をしたあと、昭和一七年から軍隊に志願し兵役として鉄道隊に勤務し、昭和二二年引揚げて農業などをした後、昭和二七年D株式会社の炭鉱で坑内労働に従事し、昭和四七年退職して現在に至っているものであるが、これまで昭和四三年頃株式を一、二銘柄一〇〇〇株単位で売買した経験がある。

(二) 同原告は昭和五四年四月下旬頃被告会社の社員から「金の取引について話をきいてほしい」旨の電話があったので少し位ならと自宅に来るのを承諾したところ、夕方頃被告会社佐賀支店の吉田行男と樋渡一文がやって来た。両名はパンフレットGOLDを示しながら「金を買えば必ず儲かる」「被告会社の手数料を差引いても二割ないし三割の純利益が確実である」旨述べて金取引を勧誘した。同原告は「そのような儲けがあるなら誰も働く者はいない」といって断わり、翌日再度出向いてきた二人に対してもこれを拒絶した。

同年五月にはいると被告会社の秀島係長が同原告宅に来てさかんに金の購入をすすめたが、同原告はこれを拒絶していたところ、同月一四日今度は高﨑課長から電話で「投資信託を持っているようだが、いくら持っているか残高を教えてほしいときいてきたので「五〇万円位残っている」と答えた。すると高﨑は、投資信託の五〇万円で金二キログラム買えるし必ず儲かるからといって金取引をすすめたので同原告は二キログラム買うことを承知した。

(三) 翌五月一五日午前一一時頃高﨑が同原告宅にやって来て、同原告に対し、同日前場の取引で二パースを一グラム当たり一八七七円、受渡月昭和五五年三月の条件で購入した、従ってその旨の予約注文依頼書や予約取引に関する承諾書に署名押印をしてほしいといったので、同原告は自分で一応承知した取引であるため拒否もできず、いわれるまま署名押印した(買付報告書は翌一六日速達で送られてきた)。

(四) 同原告は、同月二七日佐賀駅から被告会社に電話をいれて、電話口にでた高﨑に今後の取引をやめたいと申入れたところ、同人がすぐ近くであるから被告会社に来るようにといわれたので被告会社佐賀支店に赴いた。同原告は、佐賀支店で高﨑や被告横田に、承諾書には「予約取引契約規則」を受領した旨書かれてあるのに実際には貰っていないし、いずれ追証がいるとして多額の資金を要求するのではないかと尋ねたところ、両名から契約規則は手数料を改訂するため印刷中であったため手渡さなかったのであり、追証は金の取引ではいらない旨説明され、さらに被告横田から本件は差額清算取引ではないけれども益金の受渡は可能であるなどといわれたので、それ以上追及せず金の取引を続けることにした。

(五) 同原告は同年八月中旬頃高﨑から電話で、買付けた二パースが値上がりしているのでこれを売って四パース買替えてはと勧められたが、その分手数料がかさむので右二パース分はそのままにして新たに四パースを購入することにし、その旨高﨑に伝えたが、以後同年一〇月二日の後場の売却まで当初からのを含めて買付を五回、売却を二回あらかじめ承諾したり、事後におおむね了解して金の取引を行なった。

そしてこの間の九月一一日には被告横田らから、担保として提供していた野村證券の投資信託(ファミリーランド額面五一三万円)について投資信託では元本割れする危険があるからこれを解約して一部を予約金にし残りを国債にした方が得だとすすめられたのでそのいわれるまま右投資信託を解約することになり、清算金五一四万七三六二円が代理人の被告会社の社員に交付された。しかるに被告横田らは、右金員で国債を買うことなく、同原告に無断でその全部を金取引の予約金に流用した。

(六) しかるところ、同原告がやむなく一〇〇パースを予約取引した昭和五四年一〇月二日頃から金の価格が下がりはじめたので、同原告は価格の動向を注視していたところ同月四日にはいよいよ価格が下落したので、高﨑に電話で手仕舞いを指示した。しかして同夜、被告会社から取引センターの玉整理の都合で同原告の分は売れなかったとの連絡がはいったので、同原告は受渡月の昭和五五年六月まで静観するつもりでいたところ、被告会社は同月五日一〇〇パースを同原告に無断で売却した。同原告は、同月九日右事実を知らされるや激怒して、被告会社に無断売却を抗議すると、高﨑は前言を翻して、価格が下がったのに追証(追加予約金)が払われなかったので、損害を大きくしないため売却したと述べ、同原告としてはそれ以上の追及を断念せざるをえなかった(なお同原告は一〇月四日に売却できなかったことに不審を抱いてその調査をすべく日本商工センターの住所と電話番号を被告会社佐賀支店に問合せをしたが、らちがあかず、結局握りつぶされた)。

(七) 前記売却の結果、同原告には一八五万円余りの不足金を生じたところ、被告横田は同原告に対し、このうち三五万円を同被告がもつから残り一五〇万円は同原告が負担するようにと要求して無理やりその旨の約束をさせ、同原告はやむなく同年一一月五日第一勧業銀行佐賀支店の被告会社の口座に一五〇万円を振込んだ。

5  丁原秋子について

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告丁原は、自動車整備工場を経営していたものであるが、被告会社の車を整備したことから同会社を知るようになった。もっともこれまで株取引をしたこともなく、商品取引を行なったこともなかった。同原告は昭和五四年六月頃被告会社佐賀支店の社員である樋渡や池田から「金は今あがる一方だから」「小さく下がることはあるけれども全体的にはあがるから」といわれ、金の購入を勧められた。そして同人らが何度も同原告方を訪れては経済新聞を示して「このように金は上がっている」といわれたので、それを信用して金五パースを購入する気になり預託金一〇〇万円を提供した。同原告は、その際パンフレット「ゴールド」をみせてもらい、実際の取引額が一〇〇〇万円近いものであることを大体は承知していたが、日本商工(貴金属)取引センター予約取引規則をみたことはなかった。また右取引については金の受渡月が昭和五四年九月とされているが、このこともよく知らなかった。

(二) ところで被告会社から同原告宛に送付されてきた予約取引報告書によれば、同原告は何回も金取引を行なったことになっているけれども、被告会社から事前に売買の予約確認は全くなく、すべて被告会社が勝手に行なった(事後に右予約取引報告書が送られてきたが、同原告としては利益の幅がそれほど大きくないので、いちおう被告会社のいうままに任せた)。しかして同原告は同年九月中旬頃になって取引の回数がふえ、利益も相当大きくなってきたので将来に不安を覚えて樋渡や池田に決済してほしい旨頼んだが、池田らは本社の決裁が来るまで待ってくれといわれ、そのまま引きのばされた。同原告は、同年一二月三日被告会社佐賀支店まで出向いて、事務員あるいは樋渡、池田、高﨑らに、最後には被告横田に対し解約を申入れたところ、同被告は「利益が出てよかった」と適当にあしらおうとしたので、同原告はともかくも元金だけでも返してほしいと懇願した。しかるにその後被告会社から同原告に電話があり、同年一二月七日買受けた分が大損となった旨連絡を受けた。同原告は右買取引について被告会社に何の指図もしていなかったので、その旨抗議したけれども後の祭りで、やむなく同月一一日原告ら代理人に解決を依頼した。

6  原告戊田冬子、同戊田冬夫について

《証拠省略》によれば、原告戊田冬子は、後記原告乙田三郎の娘であり、原告戊田冬夫は原告戊田冬子の夫であるところ、右原告戊田両名についてはいずれもその本人尋問がなされていない。しかしながら、《証拠省略》によれば、原告両名は昭和五四年三月頃被告会社の社員から金の取引を勧められ、原告戊田冬子が一四〇万円、原告戊田冬夫が一〇〇万円をそれぞれ金の売買予約金として被告会社に預託したが、いずれも右金額が買受代金としてこれにみあう金を購入したものと考えていて、これが預託した金員の約一〇倍にあたる価格の金地金の先物取引に係わるものであろうとは思いもせず、その後の売ないし買取引にしてもいずれも被告会社の思いのままになされてしまったことが推認できる。

7  原告甲田松子、同甲原松夫について

右原告両名についてはいずれも本人尋問がなされておらず、《証拠省略》によっても、右原告らの経歴、本件取引をなすに至った経緯、その実情は必ずしも明らかでないけれども、被告らから特段の反証のないことや本件訴訟の経過にてらすと、右原告らはいずれも、これまでにみた他の原告と同様、被告会社の社員からの言葉巧みな勧誘により右取引に引き入れられ、金先物取引につき十分の知識のないまま原告甲田が四八〇万円、原告甲原が八五〇万円の各金員を売買予約金等の名目で預託し、その間の売ないし買取引にしてもいずれも被告会社の術中にはまって翻弄されたことを推認することができる。

8  原告甲川竹夫について

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告甲川竹夫は永く郵政省に勤務し、佐賀郵便局保険課勤務を最後に昭和五四年六月三〇日退職した者であるが、同年七月三〇日被告会社佐賀支店社員鳥谷忍から電話があり、金の購入を勧められた。同原告は当初、金は要らないと断ったが、鳥谷から「金相場は安定している。最も利益があがっているものだから話だけでもききませんか」と言葉巧みに勧められたため、翌日佐賀支店に赴く旨返事した。翌七月三一日被告会社佐賀支店に出向いた同原告に対し、鳥谷は「今の金相場はあがる一方で、月によっては下がることもあるけれどもその増減の幅は少なく、将来にわたって安定している」「郵便貯金よりもはるかに有利な儲けになり税金はかからない」「しかも六か月程度で金は返る、決済はいつでも自由にして下さい、電話すればすぐやります」と説明した。原告は金は買うつもりはないと述べたところ、鳥谷は「金地金は買わなくても利益があがる」「例えば五パースで予約金が一〇〇万とした場合、その時点の単価より上がったときに決済すればその差額が儲けとなる、七〇万円位儲かる」などと説いた。同原告は、六か月先の昭和五五年一月頃には仏壇購入や子供の学費等に資金がいる予定であったが、鳥谷からその頃には現金と益金が返ってくるとの話がなされたのでそのいうまま、金予約取引の承諾書や予約注文依頼書に署名押印して、代金支払及び金の受領を昭和五五年一月三一日の条件で金五パースの買付(延べ取引)を被告会社に委託し、昭和五四年八月初め右買付の予約金を被告会社に預託した。

(二) しかして同原告が右買付をしてから約一週間後、被告会社佐賀支店次長高柳和利が同原告宅を訪れ、今がチャンスであるからもう五パース買わないかと話をもちかけてきたが、同原告は資金のないことを理由に断った。しかしながら同原告は同年八月二四日頃佐賀支店の鳥谷及び池田から「絶対損はしないと保証する」「もう四パースしか残っていない」と強引に勧められ、かつ書類上受渡月が昭和五五年六月になっているけれども実際は同年一月に取れる、池田が責任を持つなどといわれ、その言を信用して金四パースを買付けることを決め、右社員に予約金八〇万円を交付した。

(三) 同原告は、昭和五四年八月二八日佐賀支店に電話して一〇〇万円予約買付分につき利益がでていることを確認したうえ、これを決済する旨指示したところ、まもなく被告会社から五四万円の差益がでた旨の報告書が送られてきた。ついで同原告は同年九月二〇日頃佐賀支店に電話して八〇万円予約買付分につき利益がでているか確認したところ、一七二万円の利益がでたとの返事であったのでこれを決済するよう指示した。まもなく被告会社から前同様予約取引報告書が送られてきたが、それ以後同年一二月にかけて同原告において何度も催告をしたにもかかわらず被告会社から誰もやって来ず、預託金や益金も送られて来なかった。

(四) しかして昭和五四年一二月末頃佐賀支店から池田の後任と称して高﨑信一がやって来たので、同原告は同人に対し昭和五五年一月三一日には当初の預託金一〇〇万円と益金五四万円の合計一五四万円は確実に渡してもらえるかと確かめたところ、同年二月七日には現金が入るとの説明を受けた。年が明けて昭和五五年となり同原告は念のため一月三一日佐賀支店に赴くと同支店は女子従業員二名がいるだけで社員はひとりもいなかったのでやむなく帰宅したが、心配になった同原告は翌日再び出かけようとしていたところ、早朝被告会社の高柳から同原告に電話があり「転勤した池田が同原告の前記取引を六月分以降に乗換えたので支払いができない」旨通告してきた。ここにおいて同原告は、被告会社の社員の言葉巧みな誘い口に乗せられて預託金を詐取されたことに気づいた。そして同年二月七日になっても前記一五四万円は同原告の許に返還されず、かえって同月二五日同原告が佐賀支店に電話をかけた際、高柳から昭和五四年一〇月二九日現在、取引を乗りかえた結果として最終残高八二万円の赤字がでているといわれ、同原告はやむなく原告ら訴訟代理人弁護士に法的解決を委任した。

9  原告甲山梅夫について

《証拠省略》によれば、同原告は後記原告甲山桜夫の兄であるが、昭和五四年六月頃被告会社の社員から金の先物取引を勧められ、その口車に乗って二回にわたり予約金一五〇万円、二〇〇万円を交付したこと、原告甲山梅夫は、その際実際の金取引が右預託した金員の約一〇倍に相当するものであることや、金価格の変動により追予約金を必要とすることを全く知らされないまま取引をなすにいたったところ、昭和五四年八月頃被告会社からいま両建をしなければ元も子もないといわれ同月八日事情もわからずに四八万円を追予約金として被告会社に交付したこと、しかして結局のところ、その頃なされた売ないし買取引も被告会社の勝手な判断で行なわれ、同原告は拱手傍観のうちに一〇八万円の欠損を生じさせられたことが認められる。

10  原告甲山桜夫について

《証拠省略》によると、次の事実が認められる。

(一) 原告甲山桜夫は、佐賀市内において永年「E館」という名称の写真館を営業しているものであるが、昭和五四年四月娘である原告戊田冬子から金の購入した旨の話をきいて金の取引があることを知っていたところ、同月一六日被告会社佐賀支店の石川裕の来訪を受け、金の購入をすすめられた。石川は原告甲山桜夫に対し「日本は経済大国であるが、金の保有額が少ないから政府も個人が金を取得するのを奨励している」「金は下がることはなく銀行預金よりも安全有利である」「連休明けには利息を添えて現金を持ってくる」と説明したので、同原告は石川のいうまま一〇〇万円を交付したところ、一週間後同原告の許に売買予約金証が送られてきた。

(二) しかして、同年五月上旬になっても被告会社から連絡がないので、同原告の妻桜子は被告会社に対し前記現金化について問合せをしたところ、石川は既に退職したとのことで現金化についてもあやふやな返事しかえられなかった。しかるところ同月中旬頃被告会社の突浪がやって来て「同原告が買付けたのは受渡月が昭和五五年二月であるから同年三月にならないと現金化できない」「むしろ現在五三万円ぐらい利が乗っているから合計一五〇万円を遊ばせておくのはもったいない」といって言葉巧みに次の取引を勧めた。そこで同原告は突浪のいうまま買付けた金を売り、それによる利益に基づき同月一六日八パースを受渡月昭和五五年二月の条件で買い、さらに昭和五四年五月二三日五パースを受渡月同年一二月の条件で買うことにした。

(三) 一方この頃被告会社から高﨑がやって来て、同原告に対しさらに金の取引を勧め、石川が退職したり新聞記事で金の取引が問題となったことで不安になっていた妻桜子に対しても「被告会社は大丈夫である、僕を信用してほしい」といって安心させ、結局同原告は新たに三回の金予約取引を行なうことを決め、同年六月一日、同月一二日に各一〇〇万円、同月一八日二〇〇万円を被告会社に交付した(なお後の二回は被告会社のいうままE館名義にした)。

(四) ところで、同原告はこれまで株の取引等を行なったことは全くなく、被告会社に交付した金員についてもこれが予約金であるとは考えておらず、合計五〇〇万円の金を購入したものと認識していた、それゆえ金の価格の変動により追予約金がいるとはつゆ知らず、被告会社からきかされてもいなかった。そしてその後被告会社が行なったという売、買の各取引についてもほとんど理解できないまま終始し、結局金価格の暴落を理由に交付した金員の返還を受けることはなかった。

11  原告乙原五郎、同乙原竹子について

《証拠省略》によると、次の事実が認められる。

(一) 原告乙原竹子(以下、原告竹子という)は、昭和五四年四月一二日被告会社の吉田行男から電話で金の購入を進められ、当初同原告には全て縁遠いものだからと断ったが、執拗に勧められた結果、話だけきいてみることにした。まもなくやって来た吉田は原告竹子に対し、「金の取引は勉強すればできる」「金の取引は銀行より三、四割は儲かる」と説いたので、同原告はその気になったが、とりあえず息子の原告乙原五郎(以下、原告五郎という)と相談する旨返事した。原告五郎は原告竹子から話をきき、少し怪し気な話と思って被告会社の社員の話を直接きくことにし、同月一三日訪ねてきた吉田から話をきいた結果、原告竹子がなす分は構わないということになり、原告竹子は同日金五パースの買付を被告会社に委託し、同月二〇日定期預金を解約して作った一〇〇万円を被告会社に交付した。

(二) 右二〇日に先立つ同月一八日頃、吉田は原告竹子に対しもう一口(五パース)買わないかと勧めてきた。原告竹子は「もう買うつもりはない」と断ったが、吉田から「原告五郎のために是非買ってあげたら。上がる一方だから息子さんも喜ばれる」と云われたうえ、強引に原告五郎名義の予約取引に関する承諾書を作成させられた。結局原告五郎の明確な合意のないまま新たに一〇〇万円の買付を余儀なくされた原告竹子は同月二三日原告五郎のため一〇〇万円を被告会社に交付した。

(三) ところで、右原告らは右の取引に応じたものの、これがその預託した金員の一〇倍にもあたる金の先物取引とは全く知らず、交付した金員の限度で金を購入し、これが約一年位の後に値上がりしておれば金を引取るか、あるいはそれにみあう金員を取得できるものと考えていた。従って、被告会社において同年七月三〇日なされた買及び売の取引をすることを全く予想せず、被告会社から何の連絡もなかったのでこれを知る由もなかった。

(四) 昭和五四年九月頃、被告会社の対応に不審を抱いた原告らは、被告会社と交渉し、最終的には被告会社における計算の限度額でも支払ってほしい旨申込んだが、効を奏さなかった。

12  原告乙川八郎、同乙川梅子について

《証拠省略》によれば、右原告ら両名は夫婦であるが、原告八郎は昭和五四年五月二六日、原告梅子は同年六月一五日いずれも被告会社の社員から言葉巧みに金の購入を勧められ、今年が一番金が上昇する見込である等といわれてその気になり、その頃原告八郎が合計三〇〇万円、原告梅子が二〇〇万円の金員を被告会社に交付したこと、原告らはその際被告会社社員から予約取引についてそれなりの説明を受けたが、これまでそのような取引をしたことがないのでそのいうまま従うことにし、追加予約金についても一般的には必要になることがあるけれども、原告らには絶対不要であるといわれて安心していたこと、その後、原告らは送付を受けた予約取引報告書に記載された受渡月が近づいたのに何の連絡もないことに不審を感じ、被告会社佐賀支店に問いあわせたが、らちがあかず、この間被告会社において勝手に売・買の各取引を行なっていることも知らなかったこと、しかるに昭和五五年二月はじめ、原告八郎は、被告会社から、先物予約取引契約規則により予約金が倍額になったからという通告を受け、驚き途方にくれたが、結局同月七日三〇〇万円の追予約金の支払いを余儀なくされたこと、が認められる。

13  原告乙野一夫について

同原告の父である乙野十郎については、その本人尋問がなされないまま同人が死亡したので、同人の経歴、本件取引をなすに至った経緯、その実情は必ずしも明らかでないけれども、《証拠省略》によれば、十郎は昭和五四年三月三〇日被告会社の高﨑信一から他の原告と同様「金は儲かるから買いなさい」と誘われ、本件先物取引をなすことにしたが、その後の個々の取引についてはもっぱら被告会社の思いのままに翻弄され、当初予約金の代わりに差入れた九州電力の五〇〇円の株券三〇〇株をはじめ、以後三回にわたり九州電力や日立製作所などの株券を追加予約金の代わりに交付したこと、右株券は合計五〇〇万円を下らないが、その頃被告会社が十郎に委任状を要求し、同人がそのいうまま手渡したことにてらし被告会社において譲渡等処分をなしたとみられること、昭和五五年になって被告会社の勝手な処置に気づいた十郎は被告会社に対し前記株券の返還や益金の支払を求めたが、かえって被告横田から損金の請求を受け話にならなかったこと、以上のとおり認められる。

14  原告丁田菊子について

《証拠省略》によると、次の事実が認められる。

(一) 同原告は、昭和五四年四月一二日被告会社の社員から電話で金の購入を勧められた。そして同原告は、まもなくやってきた被告会社の塩田から板金の見本を示され、これと同じ分が二〇万円位で、現在一グラムが一七一二円であるから一〇〇グラムは買われる、二〇万円と一七万一二〇〇円の差は会社が手数料として取得する旨の説明を受けて購入する気になり、同人が持ってきた承諾書も「金を本社から持ってくるのにどうしても必要だ」といわれて深く考えもせず署名押印し、同月一八日塩田に二〇万円を手渡した。同原告は塩田から右に述べた以上の説明を受けなかったので、実際の取引がその一〇倍に相当するなどとは夢にも思わなかった。

(二) しかるに塩田は約束の二、三日後になっても現物の金を持って来ず、同年五月三一日頃やって来るや同原告に対しあと二〇万円払わないと現物を渡せないといいだし、同原告はやむなく二〇万円を同人に交付した。同原告は塩田が現物の金を持ってくるのを心待ちにしていたが、同人が一向に現れないので、被告会社に対し現物を要求すると、塩田らは予約取引をしているのだから現物は渡せないと答えた。同原告は塩田らのいう予約取引の意味がわからず(それまで報告書が送られてきた際にも電話で説明を求めたが、正確な返答はなく、ともかく現物が手に入るまでと黙って待っていた)、また「かなり大きな利益が上がっている」との被告会社の説明も理解できず、ともかく四〇万円分の金を渡してほしいと要求した。

(三) 同原告は、その後において被告会社との間で何度となく交渉したけれども、うまくいかず、昭和五五年八月二七日には同日現在六一〇万七〇〇〇円の損金が発生している旨通告された。そしてその頃被告会社の本社から来た被告松尾憲一から、同原告の預託金四〇万円を差引いて五七〇万七〇〇〇円の損金になるが、被告会社から一〇万円見舞金を出すことで御破算にしたいとの話がでたが、同原告は承知できず、少なくとも元金四〇万円だけ返してほしいと要求したところ、話は決裂した。

以上のとおり認められ(る。)《証拠判断省略》

四  以上認定したところ及び前記当事者間に争いのない事実によれば、原告らが被告会社佐賀支店に本件取引の委託をした当時、金の売買やその先物取引は、商品取引法による商品取引所の取扱商品に指定されていなかったものであり、その意味では同法による規制の対象外であったと認められるけれども、まず被告会社が原告らの委託を受けて行なったと主張する金取引についてその当初の買取引はともかくとして(もちろん原告丁田菊子の場合のようにあくまで現物取引であるような印象を与えた例は論外であるが)、それに引続く売ないし買の先物取引について原告らの具体的指図ないし同意があったかどうかは前認定のとおり疑わしく、また仮に一歩譲って、原告らの(たとえば原告丙川夏夫については取引の終盤近くまで同原告の指図ないし承諾のもとに行なわれているように)それなりの指図あるいは同意があったにせよ、これがそのとおり被告会社によって金取引がなされたかどうかについては、前認定の如く被告会社において加盟していたとする日本商工(貴金属)取引センターの住所や電話番号を十分把握していないこと、被告ら提出の口座別勘定帳によると相当額の利益があがっている時点もあるのにこれを一度たりとも原告らに還元しないまま新たな買取引をなし続け結局は大きな欠損を生ずるに至っている(実際金取引をなしているのであれば、適宜決済して原告らに以後の取引につきその選択権を与えてしかるべきである)こと等からして真実右口座別勘定帳(あるいは原告らに送付してきた予約取引報告書)記載どおりの取引がなされたとは到底認め難いのである。

のみならず、商品の先物取引がそれ自体極めて投機性の高いものであることは公知の事実であり、特に金については、当時、商品取引所法による商品取引所の取扱商品ではなく、その集団的取引における公正な価格の決定や取引結果の実現を担保すべき確実な制度、組織もなく、また高額な商品であるため、僅かな単価の変動により莫大な損失を生ずる危険のあるものであるから、このような先物取引を勧誘する外務員としては、知識、経験のない顧客に対し、取引の制度、仕組みを十分説明して納得を得なければならないとともに、いやしくも、利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供するような不当な勧誘(商品取引法九四条)をしてはならない注意義務があるというべきである。

しかるに、前記橋間ほか被告会社佐賀支店の社員らは、右注意義務に違反して、知識、経験のない、あるいは乏しい原告ら(但し原告丙川を除く。以下の説示において同じ。)に対し、単純に、価格が上がっていて状況がよい、などと述べ、また主として最初の買予約(買建て)を例に数か月で相当の利益をもたらし得るように説明し、そのように誤信した原告らをして本件の取引委託を行わしめ、更に被告横田五栄は被告会社佐賀支店長として各社員の前記勧誘行為を推進奨励し、また社員とともに、初期の段階で被告会社の収支計算上かなりの利益が生じた場合でもこれを決済せず、原告らの意向を無視ないし軽視して引続き売建あるいは買建てを行ない、時には既に損失が生じたとして、原告らに追加予約金(保証金)の預託を要求してこれを交付させ、その後の取引でも、原告らの利害得失を顧慮することなく売あるいは買建てを行なったとして便宜的な収支計算をなしたうえ、結局、当初の預託保証金を上廻る損失が生じたと主張して、原告らの各預託保証金の返還に応ぜず、原告らに同額の損害を蒙らしめているものである。また被告横田は前記高﨑と共謀のうえ、原告丙川に対し言葉巧みに投資信託を解約させて、その清算金がおりたのに右金員で国債を買うことなく勝手に金取引の予約金に流用し、また原告丙川の委託に沿わない形での売却により生じた損金であるのにこれを同原告の責任により生じたとして一五〇万円を要求して同額の金員を交付させ、よって同原告をして右合計額六六四万七三六二円の損害を蒙らしめているものである。

してみると、前記橋間らの原告ら(原告丙川を除く)本件勧誘行為及び被告横田が佐賀支店の社員とともに右原告らに対してとった措置は全体として、また被告横田が原告丙川に対してとった前記行為はそれ自体、全体として民法上の不法行為を構成すると認めるのが相当であり、同人らの使用者である被告会社は、同法七一五条により、そのため原告ら(原告丙川を含む)が蒙った損害を賠償すべき責任があるというべきである。更に被告松尾憲一、同西川、同松尾まさゑについては、証拠上被告横田あるいはその余の社員との共謀関係が明確とはいい難いけれども、本件訴訟の全経過にてらしてこれを推認しても差支えないというべく、仮にそうではないとしても右被告らは被告会社佐賀支店において前記のような違法不当な行為をなしていることを十分知りながら、あるいは知りうべき状態にありながらこれを放置していたことは明らかであるから、被告松尾憲一、同西川については商法二六六条の三によって、被告松尾まさゑについては同法二八〇条、二六六条の三によって、いずれも原告らに対する損害賠償責任を免れない。

そして原告ら(原告丙川を含む)は、被告らの不法行為により前記各損害を蒙ったほか、本件先物取引にまき込まれて右損害を蒙ったことにより精神的苦痛を受けたことは《証拠省略》から容易に推測されるところ、前認定の取引の実情、取引額その他本件に顕われた諸般の事情を考慮すると、その精神的苦痛を慰謝するために相当な額はそれぞれ原告ら主張の額を下らないものと認める。また弁論の全趣旨によると、原告らはいずれも弁護士河西龍太郎、同本多俊之の両名を訴訟代理人に選任し、これによって本件訴訟活動を行い、勝訴の場合に報酬を支払う旨約したことを認めることができるところ、本件事案の内容、訴訟追行の難易度、請求認容額等にかんがみる(原告ら主張の日から年五分の割合による遅延損害金を付することを併せて考慮する)と、右弁護士費用のうち原告ら主張の額をもって被告らに請求しうる損害と認めるのが相当である(なお、弁論の全趣旨によれば、訴訟承継前原告乙野十郎は、本訴係属中の昭和五六年一二月六日死亡し、その養子である乙野一夫が唯一の相続人として亡乙野十郎の損害賠償請求権を全部取得したことが認められる)。

五  以上によれば、原告らの被告らに対する本訴請求はいずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法九三条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(被告杉浦関係)

一  原告らと被告会社との間に前認定のような金の先物取引委託契約がなされたことは被告杉浦関係でも証拠上認め得るものであるが、その詳細な認定はさておき、被告杉浦は、被告会社及び他の被告らとの共謀等による不法行為責任はもとより商法二六六条の三の責任もないとしてその帰責事由を全面的に争うので、まずこの点について検討する。

1  不法行為責任について

本件全証拠によっても被告杉浦が単独であるいは被告会社やその余の被告と共謀して原告らに対し甘言を弄しあるいは詐術を用いて本件先物取引委託契約をなすよう働きかけたとか、その他の不法行為をなしたとの事実を認めることができない。

2  商法二六六条の三に基づく責任について

被告杉浦の氏名が被告会社の登記簿に取締役の一人として登記されていたことは当事者間に争いがないところ、《証拠省略》によれば更に次の事実が認められる。

(一) 被告杉浦は、昭和五〇年頃、かつて商品取引のことで面識を有していた被告松尾憲一から「今度自分で不動産会社を作ることになったが役員の人数が足りないので名前だけ貸してほしい」と持ちかけられた。被告杉浦は当時会社に勤務する身分であったうえ経営に関する能力もないということで再三断っていたが、被告憲一から絶対迷惑をかけないと懇請されたので、やむなく名目上という条件でこれを承知した。

(二) 被告杉浦は昭和九年給仕として清水建設株式会社に入社、昭和一三年正社員となって以後昭和五五年一二月三一日に退職するまで同社の社員(但し昭和五四年からは嘱託)としてその業務に専念していた。従って前記昭和五〇年頃他の業務にかかわるような余裕も余地もなかった。なお清水建設退職後はただちに東京都千代田区に所在する東京公害防止株式会社に勤務し、現在に至っている。

(三) 被告杉浦は被告会社に対し一銭の金員を出資したことがなく、従って同会社の株式を保有したこともない。またこれまで被告会社から役員報酬を受けたこともない。

(四) 被告杉浦はこれまで被告会社に出社したことはなく、同会社から出社を求められたこともない。またこれまで被告会社から同社の業務に関し報告を受けたことも、こちらから報告を求めたことも一切ない。

(五) 被告杉浦は、被告会社の役員である被告西川敏雄、訴外木下秀信、被告松尾まさゑを全く知らず、被告会社の佐賀支店長被告横田五栄とも互いに面識がない。

(六) 被告杉浦は、被告松尾憲一から被告会社の事業目的を不動産関係の仕事ときかされていたが、これが昭和五三年四月その目的に「純金地金、プラチナ(以下略)の売買及びその仲介」が追加されるに至ったことを全く知らず、また被告会社が実際に本件で問題とされた金地金の売買取引をなしていたことを知る由もなかった。

(七) 被告杉浦に対する本件訴状の送達は被告会社宛なされたが、被告杉浦は被告会社からそのような事実を一切知らされておらず、昭和五九年八月一日当庁から直接期日呼出状の送達を受けるまで、四年間にわたり、本件訴訟の係属を全く知らなかった。

以上のとおり認められ、これに反する証拠はない。

右の事実によると、被告杉浦は被告会社の全くの名目的取締役にすぎず被告会社の業務に一切関与していなかったのであるから、商法二六六条の三所定の悪意、重過失があったものと認めるのは困難である。

右1及び2のとおり、被告杉浦には原告ら主張の帰責事由を認めることはできない。

二  そうとすると、原告らの被告杉浦に対する本訴請求は、その余の判断をするまでもなく理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

第三事件について

一  請求原因事実は当事者間に争いがない。

二  抗弁について

被告丙田が本件金の先物取引を被告会社に委託した経緯、その実情等については証拠上いまだ確定し難いものがあるけれども、第一事件・第二事件において認定判断したとおり、被告会社がその社員をして被告丙田に対しても甘言を弄して本件先物取引にひき込んだことは推認に難くなく、その後の取引の実情にしても第一・第二事件各原告の場合と大同小異であることが弁論の全趣旨から窺われるところ、このような金取引及びその委託契約は(被告会社の行為が不法行為を構成することはもとより)公序良俗違反行為として無効といわなければならない。

三  そうとすると、被告会社の本訴請求は理由がないから、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

結論

以上を要するに、当裁判所は第一、第二事件については原告らの本訴請求中被告杉浦を除く被告らに対する請求をいずれも認容し、被告杉浦に対する請求をいずれも棄却し、第三事件については被告会社の請求を棄却することとする。

(裁判官 森野俊彦 裁判長裁判官綱脇和久、裁判官野尻純夫はいずれも転補のため署名押印できない。裁判官 森野俊彦)

<以下省略>

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